思い込みの効果は強い。それは固定観念じゃない?知らない間にハマる。

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こんにちは
シンディーです。

突然ですが、質問です。

あなたは冷蔵庫を開けた時、手前に一つヨーグルトの容器を見つけ、奥に全く同じヨーグルトの容器を見つけました。

触らないで、どちらが開封済みか分かりますか?
※容器は透明じゃないので、中は見えないし、見た目は全く同じです。

恐らく沢山の人はその時、「手前」に置いてあるものが開封済みだと思うのではないでしょうか?

私ならそう思います。
なぜなら、手前に置いてある=先に食べて手前に戻した。
と推測するからです。
あと、焼きたてパンなども焼いて時間が経ったパンを手前に置き、新しいパンを奥にやるとかってありますよね。

手前→古い
奥→新しい

私たちにとってこういったことを「当たり前」「普通」だと認識してる場合が多いです。
そこを疑うことはなかなかありません。

他の国に行くと文化や価値観の違いがあるという認識が少なからずあるので、「これは普通なのか?」と疑うかもしれません。

物事を見るときに、「これが普通」「これが当たり前」と思うとそこで思考は停止しませんか?

なぜならそれが「答え」だから、それ以上は考えませんよね?
「答え」が出ていると他の選択肢は考えませんよね。
いや、自分の答えは間違えなんじゃないか?と思ったりは、自分の信じるものを疑うキッカケなどがあればするかもしれませんが、「これが答え」と思ったら通常はそこで終わりだと思います。

誰かと一緒に仕事をしていると、固定観念が元でトラブルになったり、イライラしたりしませんか?

「これ見やすいように修正しておいて」

と仮に頼んで、修正されたものはとんでもなく見にくいものになっている。そこであなたは言うかもしれません。

「普通文字のフォントを変えたり、色を変えたりして見やすくするでしょ?これじゃ見にくいでしょ?」

でも相手はまるで初めて聞いたような様子です。
ここであなたはこう言うかもしれません。

「もう俺がやるから良いよ。データ送って」

私たちの考えてる「当たり前」は本当にそうなのでしょうか。
本当にそうなら、今のようなやり取りは起こらないですよね。

「相手にとって、自分の考えは当たり前か?」
「AがBになるのは当たり前か?」
「ここにCがあるのは当たり前か?」

最近仕事をする上で自分の固定観念をいかに疑うかが大事だと考えます。

そこには何も問題がない、と思っていたが見方を変えると問題だったかもしれない。
視野を広げるということは自分の固定観念を疑うことから始まるのかもしれません。

読んでいただきありがとうございました。

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